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Category: 映画

「この世界の片隅に」

何度も見逃してきた「この世界の片隅に」を、ようやく観ることができました。

写真は、主人公のすずと夫の周作が初めて出会った相生橋。
2つの橋がT字に組み合わさったユニークな形は、
原爆投下の目標地点にされたと言われています。
左手前に写ってるビルの向こうには原爆ドームがあります。

広島市や呉市に隣接する東広島市に住んでいたことがあるので、
江波、草津、古江、灰ヶ峰といった耳馴染みのある地名や
丁寧に描かれてた見覚えのある風景にとても懐かしい気持ちになり、
ぐいぐいとストーリーに引き込まれていきました。

だからこそ、
そこでつつましく暮らしていた人々の日常にじわじわと戦争の影が忍びより、
多くのものを奪っていくのが、ものすごくリアルな感覚で迫ってきました。

そして、
「この世界の片隅に」というタイトル込められた
原作者や監督の思いに心を馳せてみました。

先の戦争から70年以上も経ったのに、
今でも世界のあちこちで同じようなことが起きているということ。
平和ボケして現在身近で起きていることに無関心でいることの恐ろしさや
同じような間違いを繰り返してしまう人間の愚かさ。
けれども、
どんな状況でも生きようともがく人間の健気で美しい姿。
いつの時代も、すべての命は等しく尊いものであるということ。

そういったことを、
この映画を通して改めて考えさせられました。

映画館でこの作品を観ることができてよかったと思うし、
また原作も読んでみたいと思いました。


2015年8月 相生橋上にて

「ヴィヴィアン・マイヤーを探して」

(※注:ちょっとネタバレありかも)

映画「ヴィヴィアン・マイヤーを探して」を観た。

ヴィヴィアン・マイヤーは15万枚以上の素晴らしい写真を残しながら、
生前一度も作品を発表することなく、乳母として生涯を終えた女性。

ある日、シカゴの現代史を研究する歴史家の青年が
古いシカゴの街並みを知るための資料として
写真のネガが大量に詰まった箱をオークションで競り落とした。
箱にはヴィヴィアン・マイヤーという、誰も知らない女性の名前が記されてあった。

ネガをスキャンしてFlickrにアップすると、熱狂的な賛辞が次から次へと寄せられた。
やがて「20世紀の写真史を書き換える発見」とも賞賛されるように。

けれども、ヴィヴィアン・マイヤー自身に関する情報は皆無。
そしてネガを手に入れた2年後、青年は彼女の死亡に関する記事を見つけた。
それをきっかけにヴィヴィアン・マイヤーを知る人々を訪ね歩き
彼女の生涯を紐解いていくというドキュメンタリー。

気難しくて、偏屈で、癇癪持ち
本名を偽ったり、自分のことを「スパイ」と名乗ったり
生涯未婚で、実の家族とも疎遠で友達もほとんどおらず
自室に古新聞をとめどもなく積み上げて保管するうような異常な収集癖があったりと、
関係者から語られるのは、孤独で風変りな私生活。

けれどもスクリーンに映し出される彼女の撮った写真たちは
被写体に対する深い洞察力が見事で
構図といい被写体の表情といい、とにかく味わい深くて
「もっともっと、見てみたい!」と惹きつけられるものばかり。

VM2
どうして彼女は、これほどの才能を持ちながら
誰にも見せることもなく
こんなにもたくさんの写真を撮り続けることができたんだろう。

現代風の言葉でいうなら「コミュ障」の彼女にとって
撮ることだけが社会や人々とコミュニケーションを図り
自分の立ち位置を確認することができる唯一の手段だったからなのかな。

でもそういうタイプのアーティストは恐らく今も昔もたくさんいただろうし、
作品を発表している人もあまたいると、思う。

自分の才能に気づいていて賞賛を浴びたい思いが強かったが故に
プライドが邪魔して発表することができなかったのか、
それとも、ひっそりと作品を撮り続ける人生に満足していたのか。

まぁ、今となってはそれを知る術もないんだけれども。

孤独を愛しながらも
彼女の無意識の奥底にあった「誰か私の本当の存在に気づいて!」という欲望を
写真たちが代弁しているようにも、私は感じた。

そして、私自身はどうして写真を撮り続けてるんだろう?
そんなことを考えさせられた。

とにかく、もっと彼女の写真を見てみたくて
ずっと買うのをためらっていた写真集も早速注文した。
届くのが楽しみだ。

Vivian Maier: Street Photographer
Vivian Maier
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