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a day in my life

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Category: 日々つれづれ (page 1 of 26)

金銀!!

羽生選手の金メダル、宇野選手の銀メダル、あっぱれ!!

ようやくリアルタイムで平昌五輪を観戦することができました。
とはいえ、やらなきゃいけない仕事がたくさんあったので、
オンライン映像を流して音声だけラジオ替わりに聞いていたんだけど、
ネイサン・チェンが4回転を5回飛んだあたりから気もそぞろ。

最終滑走グループは仕事の手を止めて
演技に見入ってました。

羽生くんの演技のときは意外とリラックスして見えたけど、
そのあとに続いたフェルナンデスが高得点を出し
それに続く最終滑走の晶磨くんの時は、やたらと緊張しました。

2人ともこの大舞台で見事な演技でした。
なんともうれしい金銀ワンツーフィニッシュ!!
順位確定後に羽生くんが珍しく涙ぐんでいたのにもグッときました。
表彰式もこの流れでやって欲しかったなあ。

その後のインタビューで驚いたのが、
晶磨くんはずっと他の人の演技を見てたので
「自分がどのような演技をしたら
どの位置に行くかというのは大体わかっていた」と言っていたこと。
https://www.nhk.or.jp/sports-story/detail/20180217_2375.html
他の人の演技を見ていても、冷静で平常心でいられる心の強さに感心しました。

メダリスト3人を後ろからスマホで撮るオーサーコーチの姿がとってもかわいかったので、
思わず私もスマホでMacの画面を記念撮影。

この人も、バンクーバーでキムヨナ、ソチと平昌で羽生くんと
3大会連続で金メダリストを輩出してすごいものです。
気になったので、オーサーコーチに関する記事を検索して、
いくつか気になる記事をみつけました。

私だけが知っている「羽生結弦の真実」ブライアン・オーサーが明かした
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/41445
3年前に書かれたオーサーコーチのインタビュー

師に反し、通した自我=羽生、本能むき出しに
https://www.jiji.com/jc/pyeongchang2018?s=news&k=2018021600161
羽生選手の自我の強さと、更なる高みを目指す意識の高さがよく分かる

たった数分の演技の中に、選手の美学やそれを支えるチームの戦略、
そしてたくさんのドラマが詰まったフィギュアスケートという競技が
私はやっぱり大好きです。
採点競技ゆえ、モヤモヤすることもしょっちゅうだけれども、
この3人の金銀銅メダルは、とにかくとてもうれしく思いました。

 

造船所のある港町

生まれて初めて“船底”を見ました。
今日は港町の造船所へ。

ちょうど船の検査をしているところを見せてもらうことができました。

亡くなった父は船の検査技師をしていました。
転勤の多い仕事で、小さな頃から家族で港のある町を転々としていました。
父の病が見つかってから、
両親と私でかつて家族で住んでいた港町を訪ねる旅に出ました。

旅先で父がいつも行きたがったのは、造船所のある場所。

母や私はまったく興味がないにもかかわらず、
おかまいなしで行き先を決める父…笑。

あまり仕事のことを家で話さない父だったけれども
父が働いていた現場の様子を
ほんの少し肌で感じることができた貴重な経験でした。

モフモフ。

猫と赤ちゃん。
かわいいものに囲まれて和やかに仕事をした1日。
人見知りのこのかわいこちゃんを
ちょっとだけモフモフさせてもらえて、うれしかった。

小さな氷柱

今朝も雪。
今年は本当によく雪が降る。
朝の散歩でみつけた、小さな氷柱。
雪が降った後の空気はとても澄んでいて、光がとても綺麗。

雪の朝

暦の上では三連休最後の朝は目覚めると外は銀世界。
いったいこの冬何度目の積雪だろう?
少なくとも、新車が来てから2度目。
ピカピカの状態で届いたボディも
雪のせいでドロドロになってしまって、ちょいと残念。

正直なところ
いい加減寒いのにも飽き飽きしてきたんだけど、
自然にあらがって文句言っても仕方がないので、
せっかくの雪景色を楽しむべく、
いつもの公園へ朝の散歩にでかけました。

誰も踏みしめていない雪に足跡をつけてみたくて
狙いを定めた場所に行くと、既に先客あり。
子どもは雪の子、元気の子。
ゆるい傾斜になった広場で、走りまわったり、雪合戦したりと元気いっぱい。
そして既に彼らの軌跡があちこちに。

 

朝の天気予報では「積雪5cm」と言われていた雪は
一歩一歩踏みしめて歩くとキュッキュッと音がして、気持ちがよかったです。

でも、やっぱり寒いのは飽きました。
春が待ち遠しい。

 

新しい相棒

大安吉日の節分。
待ちに待った新車がやってきました。

ずっとお世話になっていたディーラーさんに
親切丁寧な操作説明をしていただいた後、
すぐに仕事に出ないといけなかったので、
帰りに寄ったゆめタウンの屋上駐車場で軽く記念撮影。
なんとも殺風景な場所だけど、とりあえず。

10月に突然の不慮の物損事故
車検を目前に控えており、
車の買い替えは2年後か4年後と思ってたので、
新車の購入用に貯金もしてなかったし、
下取りもないので予算的にとても厳しく、迷いに迷うこと1ヶ月。

修理や車検にかかる費用と
新車を購入することを天秤にかけて考えた結果
今がんばって買っておいた方が将来的にも使った費用が“生きたお金”になるのではと思い、
悩みに悩んで選んだ車だけに、よろこびもひとしおです。

SUBARUのXVにしました。
最終的に納得して好きだと思える車を選べてよかったなと。

最近、TVCMを見て気持ちが動いたり
購買意欲が刺激されることはほとんどなくなってたんだけど、
このCMにはいろんな意味で購入を後押しされました。
事故った時のズーーンと落ちていた気持ちもあげてくれたし。

新しい相棒、大切に長く乗っていきます。

ナシレマをつくる

友達に誘われて、マレーシアの国民食「ナシレマ」を作る料理教室に参加してきました。
主催は徳島でエスニック料理をつくって食べる会さん。
“エスニック料理店の少ない徳島で、もっといろいろな国の料理を楽しみたい”
と立ち上げ今回でなんと39回目。
これまで、ロシア、ハンガリー、モザンビーグ、フィリピン、トリニタードドバゴなど、その国にゆかりのある講師を招いて、世界各国の料理を作ってきたそうです。
次はエチオピア料理と言ってたけど、各国のラインナップがいい意味でマニアックですごい!
初めましてでも気負うことなく参加させていただいて、フレンドリーで開かれた素敵な取り組みに主催者の方には頭が下がります。


マレーシア料理の先生はマラッカ出身のファラさん。
とってもキュートで日本語もペラペラです。

この日は40人の参加者がいて、4つの班に分かれて調理していきます。
たくさんの外国人の方も参加されていて、同じ班にはインド人や中国人、ハワイ人の方も。
彼らと片言での英会話も楽しめました。

ナシレマは、マレーシアで食べて特に印象に残っている料理のひとつ。
ココナッツミルクで炊いた甘いごはんの上にスパイシーなサンバルソースをのせ、ゆで卵やアンチョビやきゅうりやピーナッツ添え、よく混ぜて食べます。
ごはんの甘い香りとサンバルの辛味、そしてアンチョビやピーナッツの食感が口の中で絶妙なハーモニーを奏で、これまで食べたことのないなんとも言えない不思議な美味しさ。
個性の異なる具をミックスして食べるナシレマは、多民族がともに暮らすマレーシアを象徴しているとも言われているそうです。

以下、作り方の備忘録です。
分量は約10人前と多めです。

サンバルソースの作り方
唐辛子 15〜17本
玉ねぎ 1個+1/4個
エビペースト 10g
水 170ml
タマリン 大さじ1
黒砂糖 10〜15g

まず、唐辛子を半分に切って、種と実が分離するまで10分くらい茹でます。
この唐辛子は先生がマレーシアから取り寄せたもの。
「あまり辛くないもの」と言っていたけれども、茹でているとツンとした辛味で目がしょぼしょぼします。

ざく切りにした玉ねぎと、茹でた唐辛子とエビペーストと水100mlをミキサーにかけてペースト状にした後、アンチョビを揚げた油をフライパンに入れ20分くらい炒めます。


その後タマリンを水70mlで溶かして、種と皮を除いてフライパンに加えます。
そして黒砂糖を加え、最後にみじん切りした玉ねぎを加えてしんなりしたらできあがり!

ナシレマの炊き方
バスマティ(タイ米)2合
日本米2合
ココナッツミルク250ml
生姜 5スライス
パンダンリーフ 1枚
塩 2〜3つまみ
水 適量
を炊飯器に入れて炊くだけ。
タイ米やパンダンリーフはネットでも購入できるそう。

アヤムゴレン(鶏の唐揚げ)の作り方
鶏肉 400〜600g
レモングラス 4〜5本
玉ねぎ 1/2子
にんにく2〜3片
カレー粉 大さじ3
コリアンダーの種 大さじ1
ターメリック 大さじ1
塩 小さじ1
カレーリーフ 適量
サラダ油 適量

レモングラス、玉ねぎ、ニンニク、コリアンダーをミキサーにかけ、鶏肉をそれに浸して味を染み込ませます。
先生が前日から仕込んでくれたものに、片栗粉をまぶし油であげました。
とってもスパイシーな香りが漂ってきます。

炊き上がったナシレマに、サンバルソースを載せて、唐揚げ、きゅうり、ゆで卵、アンチョビ、ピーナッツを添えてできあがり!
お皿の下には軽く火で炙ったパンダンリーフを敷く本格っぷり。

みんなでワイワイ徳島で食べるナシレマも、とっても美味しかったです。
そして、マレーシアが恋しくなります。

英語カフェの新年会つながりで誘ってもらった楽しい会。
2週間ぶりのうれしい再会や新しい出会いもあって、またゆるゆるとご縁が深まっていくといいなと思いました。

 

友、琉球より来たる。

テレビ局のクルーにインタビューを受けているのは
沖縄から徳島を訪ねてきてくれた友人。
両親よりも年の離れた彼女とは、
写真がきっかけで2年ちょっと前に知り合いました。

2015年の秋に沖縄を旅した時、
那覇の裏道にある言事堂という芸術書の古書店で
彼女の初めての個展が開催されていて、
そこで彼女の作品に初めて出会いました。
みずみずしい視点で切り取られた生き生きとしたスナップがとても印象的でした。

その後、縁あって彼女の写真の師匠のご自宅にお邪魔した時、
沖縄の家庭料理をたくさん作って彼女も一緒にもてなしてくれました。
そこで初めてさっきの言事堂での展示は彼女のものだと知り
腰を抜かすくらい驚いたのを覚えています。

驚いた理由は
ついさっき見た作品を撮った人が偶然その場にいるということ、
そして、あのみずみずしい視点で切り取られた写真が
70歳を超えている目の前の彼女が撮ったということ。
何も前知識なく作品を見ていたので
「20代の若い作家さんなんだろうな」と思っていたので…!!
それくらい大胆でユニークな視点で切り取られた魅力的な写真だったのです。

そんな写真を撮る彼女もまた魅力的で、
「こんな風に朗らかにチャーミングに歳を重ねたい」と思う、憧れの女性になりました。

彼女の名前は宮城ヨシ子さん。
68歳から写真をはじめ、昨年78歳で初めての写真集を出版し、
写真界からも高い評価を得ています。
http://www.borderink.com/?p=19669
https://www.bookbang.jp/review/article/542834
https://ryukyushimpo.jp/news/entry-597326.html

上の写真はヨシ子さんの写真の師匠の勇崎哲史さん。
2015年に木村伊兵衛賞を受賞した石川竜一さんを育てたり、「東川町国際写真フェスティバル」や「写真甲子園」などを企画立案し、北海道東川町を「写真のまち」として育てた立役者です。
勇崎さんやヨシ子さんは私が4年間制作に携わった「あおあお」をずっと愛読してくださっていて、それがご縁で2016年の秋には勇崎さんが主宰する写真教室のみなさんで徳島を訪れてくださいました。

その時に脇町のうだつの街並みで阿波藍の話を聞いたことがきっかけで
ヨシ子さんは徳島の藍染に強い関心を抱き、
先週末から開催されている「藍のけしき」をどうしても観てみたいと、
写真仲間の友人とその妹さんとわざわざ徳島に来てくださいました。

「藍のけしき」は参加型のアートプログラム。
日本各地はもとより、アメリカ、イギリス、イタリア、オーストラリア、カナダ、チリ、ドイツ、フランス、ベトナムなど世界各国のさまざまな国から参加があったようで、私も白い布を藍で染め、5ヶ月間一緒にその布と過ごし参加させてもらいました。
→詳しくは以前書いたブログで

全く同じ白い布が、
染め方や環境の違いや参加者との関わり方によって
ここまで違った表情になることにとても驚きました。

徳島に住んでいても、知ってるようで知らない阿波藍のこと。
好奇心旺盛なヨシ子さんやお友達は
この作品の作家さんや作品を観に来たお客さんともすぐに親しくなって
阿波藍や作品に関する質問を次々と投げかけている姿も、とてもうれしかったです。

その後、たらいうどんを食べに行ったり

藍染体験をしにいったり。

そんな風に徳島での旅の時間を共有しながら、
徳島の暮らしや文化のこと、
沖縄の暮らしや文化のことや基地のこと、
そして写真の話やそれぞれが大切にしていることなど、たくさんの話をしました。

大好きな写真を通して出会った人たちと、
自分が制作に携わった仕事でご縁が深まって、
そしてこうして心を通い合わせて語り合うことができたことは、
私にとって宝物のような出来事でした。

解散前に記念写真を撮ってもらっているところをiPhoneで逆撮影。
本当に楽しくてあっという間の濃密な1日でした。

今度は私が沖縄に彼女たちに会いに行きたいな。
そう遠くない将来に、必ず。
この再会で、距離的には遠い沖縄が、またグッと近くなったように思います。

 

 

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