高松港と岡山県の宇野港を結ぶ航路に、幕が降りました。

島国四国に住む人間としては
ついにこの航路にまで幕を降ろす日が来てしまったのか、という気持ちです。

私は徳島で生まれてすぐに、
父の仕事の都合ですぐに尾道の向島に移り住みました。
なので、幼い頃には両親から
たくさん宇高連絡船の思い出話を聞かされていました。

引っ越してすぐ私や母の面倒を見に、
祖母が初めて一人旅で乗った船であるということ。
今のように本州と四国が陸続きでないため、
赤子を連れて列車と船を乗り継いで帰省するのはとても大変だったということ。
赤子の私と大きな荷物を抱えて一人で徳島まで帰省していた母の荷物を
親切な人が手助けしてくれて高松駅まで送ってくれたこと。

サイクリング部に属していた学生時代には
自転車を乗せて渡り、岡山県玉野市の海岸でキャンプをしました。
翌朝、王子が岳で見た朝日はとても綺麗でした。

そして、操舵室に入れてもらったことも。
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2008年、高松港

大人になってからの思い出は、
やはり瀬戸内国際芸術祭。

豊島からの帰りの船に積み残された時は、
豊島から一旦宇野港に渡って、
そこから高松港へと戻ってくるということを何度か繰り返しました。

「高松宇野航路があるから安心」でもありました。

とはいえ、2019年は瀬戸芸にすら行くこともなく、
高松宇野航路に乗ることすらなかったので
無責任な発言ではあるけれども、なんとも寂しいものです。