2019年1月17日。
阪神淡路大震災が発生して24年が経ちました。

午後から大阪で用事があったので、
少し早い便の高速バスに乗って神戸で途中下車し、
犠牲者の方に献花を手向けに行きました。

震災が起こった時は私は学生で、
まだ大切な人たちを亡くすという経験もしたこともなく、
当時テレビから流れてくる悲惨な映像を見ても、
被災者の方々の哀しみや悔しさを
どれほど感じ取れていたのだろうか、と思います。

平日の午前中という時間帯もあって、
献花に訪れている方の多くがご高齢の方でした。
彼らがどんな思いでここに訪れているのかを知る術はないけれども、
一緒に並んで手を合わせていると、
人として何か共通して抱える寂しさのようなものを
ほんの少しだけ感じ取ることができたようにも思います。
そして、
私の心の中のそういった感情が、ほんの少しカタルシスされたようにも思います。

もちろん、
突然日常生活を一方的に絶たれるということが
どのくらい大変でしんどいことなのか、
想像することは未だに難しいのだけれど。


海もあって、山もあって、
歩いて移動できるコンパクトな街には
美味しいお店も、お洒落なお店もたくさんあり、
美術館もあって、パンダもいる。
神戸は徳島から一番近い都会で、好きな街です。

けれども、私は震災前の神戸のことはほとんど知りません。
報道によると、震災を経験した神戸市民は今では2人に1人となり、
震災後20年を境に追悼イベントも減ってきているのだとか。

そんななか、Twitterに流れてきた阪急電車のオフィシャルアカウントの
このツイートに、とても共感しました。

月並みな言葉だけれども、
特別な日に神戸の街に降り立ったことで沸き起こってくるのは、
何気ない日常を当たり前に暮らせていることへの感謝の気持ちです。

穏やかな光が降り注ぐ、
1月17日の神戸の街の営みをカメラで納めました。