寺島さんの運転する車
富山市の東側を流れる常願寺川の堤防を立山方面へと走ります。

常願寺川は富山平野の一番高いところを流れる天井川。
土手から富山市街地を見てみると、
街が川底よりも低い位置にあることがよくわかります。

富山の歴史を紐解くと、水との戦いの歴史だったと寺島さんは言います。

常願寺川の源流は標高約2400メートル超。
そこからわずか60キロ足らずの短い距離で河口まで辿り着くのは
世界でも例がないほどの急峻さで、
その急流はたびたび甚大な洪水の被害をもたらしたそうです。

戦国時代から堤防を築いたり、河川改修工事を行なうなど、
”治水”が富山を司るための最大の課題であったとのこと。

戦国時代に富山を支配していた佐々成政も治水に力を入れ、
富山の町を水害から守る礎を築いたため、
今でも富山の人たちから慕われていると言います。

目の前に石碑が見えてきました。
この石碑は「みずかみさま」と呼んで親しまれている「西大森の大石」。

江戸の終わりに起きた大地震で立山連峰のふたつの山が崩壊し、
その後の洪水の鉄砲水で山の頂上にあった巨石が河口のこの位置まで流れてきたそう。
流れ着いたこの大石によって洪水の流れが変わり、
それによって下流の被害が最小限に抑えられ、
“村を洪水から守った大石”として、こうして祀られているそうです。

そういえば、
富山に旅に出る前に付け焼き刃的に読んだ本に、
こんなことが書いてあったのを思い出しました。
廃藩置県の時に富山は石川県に併合されていたけども
道路改修に力を入れたい石川側と、
治水工事に力を入れたい富山側とで意見が対立し、分県運動が高まったと。

本で知識を得ただけではピンとこなかったことも、
こうして話を聞きながらその風景に実際に降り立つことで、
その風土や歴史を、ほんの少し肌で感じることができるものだと思いました。

そして、自分の住む徳島の川や治水のことも、
意外と知らないということに気づきました。