Pecograph

a day in my life

Menu Close

Tag: 家族 (page 1 of 3)

On Sunday Night

「痩せる」とタイトルがついた小林麻央さんのブログの記事を読んで
図らずも涙が出てきて止まりませんでした。
https://ameblo.jp/maokobayashi0721/entry-12276707987.html

ちょうど1年前は父の四十九日でした。
そんなこともあって、
父の入院していた頃のことをいろいろ思い出してしまったからかもしれません。


命とは 理由も意味もなく生まれて
いろんな意味を見つけて消えていく

なんでもない明日にも
挫折や不安がそっと潜んでいて
ほんのちょっとのおまじないで
それはウソみたいに光に変わる


スガシカオの配信限定の新曲雨ノチ晴レの歌詞に
たくさんの力をもらってる、この頃です。
http://j-lyric.net/artist/a000655/l03fc2c.html

 

そして、小林麻央さんのブログからは
当たり前のように日々過ごしていると見過ごしてしまう
命の輝きについてハッと気づかされることが多いです。

どうか彼女に奇跡が起こりますようにと、いつも願ってます。

1年

明日は父の命日、そして一周忌です。
お墓の掃除に行った母によると、
霊苑にはすでに満開の桜もあったとのこと。

いろんなことを思い出すけど、
じっくり感傷に浸る時間がないまま月日が流れていきます。
でもそれはしあわせなことなんだろうな、とも思います。

明日はお天気も良さそうで、よかった。

ホスピスの窓から

1年前の今頃は
父が入院したホスピスの窓から夕暮れの風景を、毎日眺めていました。

「一生を24時間に換算すると、
 父は今何時何分頃になるんだろう」

なんてことを、よく思ってました。

桜が開花しはじめる頃、一周忌を迎えます。

昨年は桜の開花が楽しみである一方
それは父の命のリミットが刻一刻と近づいていることを意味することでもあったので
複雑な気分で過ごしていたけれども
今年は、ただただ桜が咲くことが待ち遠しい気分です。

ふだんあまり読み返すことのない自分のブログの1年前の投稿を見てみると
看病の合間によく冷静にブログを書いてたなぁと思います。
しかも他愛もないことばかり 笑。
http://www.pecograph.com/note/?m=201603

ホスピスで父と家族と過ごした12日間は
本当に穏やかで、かけがえのない濃い時間でした。

いろんなことがあったけれど
今こうして振り返ると、1年があっという間に感じます。
“父がいない娘”として、初めて4つの季節を経験したことになるんだな。

書き留めておきたいと思うことも、また書きたい気分になったらそのうちに。

2011年

遅めの昼ごはんを食べながらテレビをつけると、
どの局も東日本大震災関連の番組をやっていました。

2011年3月11日、あれから6年。

震災や原発事故を風化させないために
各局ともそれぞれ伝えたいことはあるのだろうけれど
こぞって同じような時間に同じような内容を
競うように放送していることに嫌気がさしてしまい
すぐに電源を切ってしまいました。

うまく言えないけど
被災地や被災者のことを
お茶の間で消費するコンテンツとして眺めていることに
罪悪感や違和感を感じてしまったのかもしれません。

「テレビは時に情報過多で、空虚だ」と
6年前も同じように感じたことを思い出しました。

そんな時、ふと心に留まったのが
ツイッターで流れてきた岩手日報の新聞広告。

「明日が来るのは、当たり前ではない。
3月11日を、すべての人が大切な人を思う日に。」

と締めくくられた
コピーとスナップ写真が数枚レイアウトされただけのシンプルだけど
まっすぐで力強い広告。

震災とは全く関係のないことだけど
私自身は「2011年」という年を振り返ると
それまで元気だった99歳の祖母が寝たきりになってしまったり、
仕事でとてもお世話になった人が亡くなったり、
父の病気が発覚したりと、
近しい人の哀しい出来事が次々と起こった年でした。
そして6年経った今でも、ふと寂しい感情に溺れてしまいそうになる時があります。

死は誰にでも平等に訪れる。
そして、明日が来るのは、当たり前ではない。
だから、自分はどうしたい?

と、
たった1枚の広告から
大切なことや忘れてはいけないことを考える時間を
与えてもらうことができました。

しかし、
年末のSMAP応援広告にせよ、
小沢健二の新曲リリース広告にせよ、
新聞広告の力ってすごいなぁと、心を動かされることが多いこの頃です。

久々の畑仕事

父が遺した家庭菜園用の畑の面積が広すぎて
母と私では手に負えず
規模を縮小するために
今日は午後から母と二人で畑の掃除。

私も仕事が忙しいことを理由になかなか行くことができず、
母も夏に暑いなか無理をして少し体調を崩したりして
夏の終わりからほぼ放ったらかしにしていたので
それとなく耕作放棄地状態…。

1年くらい前までは
いつも父の作った旬の野菜が
食べきれないくらい台所に届くのが当たり前だったけど
その当たり前を当たり前にしてくれていたのは
毎日父が丹念に畑の世話をしてくれていたからだったのだなと、
畑に入って雑草と格闘して改めて感じました。

とにかく今日は
《雑草》と呼ばれる植物たちの生命力の強さに圧倒されました。
どいつもこいつも、根深い!

どうか明日、筋肉痛になりませんように。

2017年、明けました。

大晦日から元日は、
母と妹と甥っ子とで、ホテルで年越しをしました。

今年は喪中で、
妹の旦那さんも年をまたいでアメリカに出張中ということで
少しだけ贅沢して家族水入らず。

妹と一緒に布団並べて寝たのなんて、
多分彼女がお嫁に行ってからはじめて。

%e3%81%be%e3%81%8f%e3%82%89%e6%8a%95%e3%81%91%e3%82%99

大晦日の夜はウルトラマンになり切った甥っ子とのまくら投げ大会で体力を使い切り、
年越しの瞬間は夢の中でした。

彼はゴジラを見るために紅白を最後まで見て、
ゆく年くる年もちゃんと見てから就寝したそう。

妹はそれにずっとつきあって、
甥っ子が寝静まった頃ようやくお風呂に行ったそう。
おつかれさま…。

いやぁ、伯母ってのはなんとも気楽な存在だね。

元旦は部屋から綺麗に初日の出も見えて、
幸先のいい1年のスタートです。

毎年おせちの準備やあれこれで慌ただしくしている
母に少しのんびりしてもらうことができたので、
ちょっとは親孝行できたかな。

後ろ姿に成長を感じる

2ヶ月ぶりに会った甥っ子の後ろ姿を見て、
「大きくなったなぁ」
と、しみじみ感じました。

後ろ姿は顔や表情を見て取れない分
「背丈の伸び」による成長がより分かります。

%e5%be%8c%e3%82%8d%e5%a7%bf2%e6%ad%b3

2歳11ヶ月、幼稚園入ってすぐの頃、まだ元気だった父と。
手をつなぐために目一杯腕を伸ばしてます。

%e5%be%8c%e3%82%8d%e5%a7%bf%ef%bc%91%e6%ad%b3

1歳2ヶ月。
散歩に出てもまだあんまりたくさん歩けなかったので、パパの肩車。

伯母という距離感だから撮ることができる写真を、
これからも(嫌われない程度に)撮っていきたいです。

 

七五三の思い出

明日は友達の娘の七五三の撮影を頼まれているんだけど
お天気も良さそうでよかったです。

久しぶりに昨年甥っ子の七五三の時に撮った写真を見返してみました。
覚えたての変顔をことあるごとに披露したがるお年頃で、
いわゆる写真館で撮るようなバッチリキメ顔の写真は一枚もないんだけど
それはそれでいい思い出になってよかったかなぁと。

753-3

そういえば、去年の今頃は私も妹もしょっちゅう実家に帰ってたな。
そして私は実家の中ではずっと一眼レフを首からぶらさげて、
甥っ子や父の写真を夢中で撮っていました。

父が亡くなって少し落ち着いてからは、
やはり自分のことが最優先で、
何か用事がないと実家にも帰らなくなってしまい
甥っ子と会う機会も、そして彼の写真を撮る機会もめっきり減ってしまいました。

思えば、父が病を患い、
一緒に過ごすことできる時間が有限であることがわかっていたからこそ
ここ数年は家族との時間を何よりも最優先にすることができたし
たくさんシャッターを切って、多くの写真を残すことができたんだな。

落ち着いたら一度きちんと写真を整理したいなと思いつつ
自分の気持ちの中で機が熟すのを待っている感じです。

さて、明日はよろこんでもらえる写真を撮れるよう、今からイメージトレーニングしよう。
どうやら友達の娘も変顔ブームらしい。
3歳児は手強いなー。

© 2017 Pecograph. All rights reserved.