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Tag: 家族 (page 1 of 4)

運動会

もう10日以上前の話。

甥っ子の小学校初めての運動会がありました。
これまでのように、甥っ子専属カメラマンとして参上。

元城下町だけれども
ドーナツ化現象で少子化が進み、
1学年ひとクラスのみで
全校生徒数130名ちょっとの小さな公立小学校の運動会は
地域の町内会やら老人会の方も大活躍。
一緒に玉入れをしたり、綱引きをしたり、アットホームな雰囲気。

そして、上級生がテキパキと種目の準備をしたり
下級生のお世話をしたりする姿が、とても頼もしかったです。

クラスの中でもチビッ子の甥っ子くんは、
お兄さんお姉さん、地域のおじいちゃんおばあちゃんに甘えるのが、さりげなく上手。

私立の幼稚園に通っていた時とはまた違った雰囲気で楽しめました。

彼の母親である妹や、父である義弟にとって故郷ではないこの町が
こうして少しずつ甥っ子にとっての故郷になっていくのだなと
改めて感じた1日でした。

三回忌を終えて。

日曜日は父の三回忌でした。

父が息を引き取った時にはまだ4歳になったばかりで
その後の法要の時にずっと座っていられなかった甥っ子も小学校に上がり、
お客さんにお茶をふるまったり、愛想をふりまいたりしている姿を見て
時の流れを感じました。

実家の庭は春爛漫で、花盛り。
母は草花を育てるのがとても上手です。

これまでは父の趣味の盆栽が
ずいぶんとスペースを占領してしまっていたんだけれども
これからは、もっと自分の好きなことを好きなように
楽しんでもらえたらいいなと思っています。

ガーデニングだけじゃなく、母のこれからの人生も。


しかし、
両親とも“グリーンフィンガー”を持っているのに
哀しいくらいにちっとも受け継がなかった私…。

ベランダで枯れてしまった植物たちを片付けて、
そろそろバジルの苗でも買いに行こうかな。

2年前

Macのハードディスクがいっぱいになってきたので
デジカメで撮った写真データを少しずつ整理しています。

これはちょうど2年前の3月26日に撮ったもの。
北海道新幹線が開通したというニュースを
父の入院しているホスピスの病室で見ていました。

この頃、
4歳になったばかりの甥っ子のマイブームがプラレール。
北海道新幹線の車両にも夢中だったので
「元気になったら、みんなで乗りに行こうね」
なんて話を、父と母としていました。

楽天的に考えたい私は、
何か奇跡が起きる可能性がゼロではないことを、
この時点でもまだ信じて疑っていませんでした。

でもきっと父は自分の体の状態を
誰よりもよくわかっていたのではないかと、
今になって思います。

余命が月単位から週単位に、
そして日単位から時間単位へと刻一刻と変わっていくなか、
家族で過ごした穏やかな時間を、懐かしく思い出しました。

父は病が分かってからずっと、
家族には“いつも通りの生活をすること”を強く望んでいました。
厳しいくらいに。

2年前の3月や4月のブログを久しぶりに読み返してみて、
私も平常心を保つため必死だったことも、思い出しました。
http://www.pecograph.com/note/?m=201603
http://www.pecograph.com/note/?m=201604

しかし、ブログで振り返ってみてみると
看病しながら仕事もして、
よく英語の勉強も途切れず続けられたなぁ。
そしてブログ書くことも。
もうあの時の感情をあの時と同じように思い返すことはできないので、
書き留めておいてよかったなと、改めて思います。

今、年度末の締め切りで
とにかくバタバタしていて胃が痛く余裕がない毎日なんだけど、
あの頃のことを思い出すと、なんとか乗り切れそうな気もしてきました。
いや、乗り切らないといけないんだけど。

造船所のある港町

生まれて初めて“船底”を見ました。
今日は港町の造船所へ。

ちょうど船の検査をしているところを見せてもらうことができました。

亡くなった父は船の検査技師をしていました。
転勤の多い仕事で、小さな頃から家族で港のある町を転々としていました。
父の病が見つかってから、
両親と私でかつて家族で住んでいた港町を訪ねる旅に出ました。

旅先で父がいつも行きたがったのは、造船所のある場所。

母や私はまったく興味がないにもかかわらず、
おかまいなしで行き先を決める父…笑。

あまり仕事のことを家で話さない父だったけれども
父が働いていた現場の様子を
ほんの少し肌で感じることができた貴重な経験でした。

ウルトラマンが守るもの

ピンボケ写真。
マラッカからクアラルンプールへの帰り道、
ウルトラマンの大きな立て看板を見かけたので、慌ててシャッターを切りました。

ウルトラマンに夢中の5歳の甥っ子に
「マレーシアにもウルトラマンいたよ!」
とLINEをしたら、ふーん…とつれない返事。

「だって、ウルトラマンは地球を守ってるんやから当たり前やん」だって。

ウルトラマンの種類を覚えられない伯母は
最近すっかり見下されています。

そんな彼にも、今日市役所から小学校への入学通知書が届いたそう。
4月から1年生か。

On Sunday Night

「痩せる」とタイトルがついた小林麻央さんのブログの記事を読んで
図らずも涙が出てきて止まりませんでした。
https://ameblo.jp/maokobayashi0721/entry-12276707987.html

ちょうど1年前は父の四十九日でした。
そんなこともあって、
父の入院していた頃のことをいろいろ思い出してしまったからかもしれません。


命とは 理由も意味もなく生まれて
いろんな意味を見つけて消えていく

なんでもない明日にも
挫折や不安がそっと潜んでいて
ほんのちょっとのおまじないで
それはウソみたいに光に変わる


スガシカオの配信限定の新曲雨ノチ晴レの歌詞に
たくさんの力をもらってる、この頃です。
http://j-lyric.net/artist/a000655/l03fc2c.html

 

そして、小林麻央さんのブログからは
当たり前のように日々過ごしていると見過ごしてしまう
命の輝きについてハッと気づかされることが多いです。

どうか彼女に奇跡が起こりますようにと、いつも願ってます。

1年

明日は父の命日、そして一周忌です。
お墓の掃除に行った母によると、
霊苑にはすでに満開の桜もあったとのこと。

いろんなことを思い出すけど、
じっくり感傷に浸る時間がないまま月日が流れていきます。
でもそれはしあわせなことなんだろうな、とも思います。

明日はお天気も良さそうで、よかった。

ホスピスの窓から

1年前の今頃は
父が入院したホスピスの窓から夕暮れの風景を、毎日眺めていました。

「一生を24時間に換算すると、
 父は今何時何分頃になるんだろう」

なんてことを、よく思ってました。

桜が開花しはじめる頃、一周忌を迎えます。

昨年は桜の開花が楽しみである一方
それは父の命のリミットが刻一刻と近づいていることを意味することでもあったので
複雑な気分で過ごしていたけれども
今年は、ただただ桜が咲くことが待ち遠しい気分です。

ふだんあまり読み返すことのない自分のブログの1年前の投稿を見てみると
看病の合間によく冷静にブログを書いてたなぁと思います。
しかも他愛もないことばかり 笑。
http://www.pecograph.com/note/?m=201603

ホスピスで父と家族と過ごした12日間は
本当に穏やかで、かけがえのない濃い時間でした。

いろんなことがあったけれど
今こうして振り返ると、1年があっという間に感じます。
“父がいない娘”として、初めて4つの季節を経験したことになるんだな。

書き留めておきたいと思うことも、また書きたい気分になったらそのうちに。

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